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鯖江市の歴史

鯖江市は眼鏡、漆器など様々な産業があります。その歴史的背景を中心に、鯖江市の全体の歴史まで幅広く紹介します。

眼鏡産業の歴史

看板

鯖江における眼鏡枠製造は、明治38年に創始者と呼ばれる増永五左衛門が農閑期の副業として、少ない初期投資で現金収入が得られる眼鏡枠作りに着目。 当時眼鏡作りが盛んであった大阪や東京から職人を招き、近在の弟子に眼鏡の製造技術を伝えたことが始まりといわれています。

製造の自動化などで生産効率をあげると共に、品質・技術開発に力を注ぎ、昭和50年の終わり頃には世界で始めてのチタン金属を用いた眼鏡フレームの 製造に成功しました。

その後は、1973年に文殊山腹に眼鏡産地をPRする看板を設置したり、82年に社会法人福井県眼鏡協会が設立されたり、市役所に「めがね課」といわれるものができたり、と。 市全体が眼鏡産業を全面的に受け入れ、全国に向けてアピールするようになりました。

漆器産業の歴史

鯖江市でもう一つ有名なのが「越前漆器」

ここではその歴史について説明します。

 越前漆器は、約1500年前の男大迹皇子(後の第26代継体天皇)が壊れた冠の修理を片山地区(現在の鯖江市片山町)の塗師に命じ、塗師は漆で冠を修理するとともに黒塗りの三つ椀を献上した ところ皇子はそのできばえに感動し、漆器づくりを奨励したのが発祥とされています。

それ以来、椀の生産を中心に行ってきました。

明治頃には重箱などの角物木地の製法を輪島で修業した人がこの地に伝え、漆器の種類も豊富になりました。また、京都、輪島、山中、会津などの他の産地から漆器技術の指導を受けることで 漆器の技術も幅広いものとなり、現在の越前漆器の基礎が作られました。

鯖江市と近松門左衛門

鯖江市の歴史を語る上で外せないのが、近松門左衛門です。

近松門左衛門は承応2年(1653)、越前(現在の福井県)の武士の家に次男として生まれた近松は、本名を杉森信盛(すぎもりのぶもり)といいます。 近松2歳(数え年で3歳)のとき、一家揃って吉江(鯖江市吉江町)に引っ越してきました。10年余りをこの吉江で過ごしました。

鯖江で過ごしたということで、現在の鯖江市では近松門左衛門をイメージしたキャラクター「ちかもんくん」がいたり、JR鯖江駅の前には、「近松門左衛門の街、鯖江市」という看板まで立っており、市全体で近松門左衛門を奨励しています。